私の宝塚アーカイブス 第1回 「私と宝塚との出会い」

私の宝塚アーカイブス

「私の宝塚アーカイブス」として、これから少しずつ私の中で大切に積み重ねてきた

宝塚の思い出や記憶を綴っていこうと思います。

ここから始まるのは、私と宝塚が共にあった時間の物語です。

🍀関東の人は宝塚歌劇を「宝塚」と言いますが、関西の人は「歌劇」と言います。関西の人からみれば宝塚は地名だからです。私は関東出身なので宝塚歌劇は「宝塚」と言っています🍀

その第1回は、すべての始まり「宝塚との出会い」です。

宝塚との出会い

私が初めて宝塚に出会ったのは、1974年。
あの伝説的な作品『ベルサイユのばら』をテレビ放送で観たことがきっかけでした。

当時、私は小学生。
原作漫画「週刊マーガレット」を夢中になって読んでおり特にオスカル様の大ファンでした。

だからこそ「この漫画の世界を人間がリアルに演じるなんてありえない」
そう思っていたのです。

チケットをどうやって買えばいいのかも分からなかった小学生。
そんな私にとって、テレビ放送が唯一の入口でした。

画面の向こうに広がったのは、想像をはるかに超える世界。

豪華絢爛な舞台、美しい衣装、凛とした佇まいのオスカル。
「すごい!」
ただその一言しか出てこなかったことを今でも覚えています。

あの日の感動は、胸の奥に確かに刻まれました。

観劇のきっかけ

それから時は流れ、20代の私は都内の商社でOLをしていました。

忙しい日々の中で、ひとりの同僚の行動が再び宝塚を私の人生に引き寄せます。

その同僚は、お嬢様育ちで浮世離れしたお花畑のような綺麗な人。

彼女は年に何回か決まって連休を取っていました。
しかも、忙しい時期でもお構いなし。

不思議に思ってたずねたのです。

「どこか旅行に行くの?」すると、彼女は「宝塚を観に行くの」

えっ⁈

「宝塚って、東京で観られるでしょ?」
私がそう言うと彼女はこう答えました。

「東京でも観るけど、東京公演をしない公演があるので兵庫県に行くのよ。」

えー? 兵庫県まで?私は驚きました。

当時の東京宝塚劇場は今のように宝塚の通年公演があるわけではなく

年に数回宝塚ではない公演をしていました。

その為東上しない公演があったのです。

宝塚が好き!という気持ちがそこまで人を動かすものだとは、その時まだ分かっていなかったのです。

宝塚初観劇

そんな彼女に誘われ同僚三人で出かけたのが私の初めての生観劇

1987年東京宝塚劇場。
月組公演 初演のミー・アンド・マイガール 」でした。

お席は1階の後ろの方。
良席とは言えませんが舞台はとにかく楽しく、明るく、心が弾みました。
「よかった!」
そう思っていたのになぜか、その気持ちを素直に口にできないまま帰宅。

帰宅後、どうしても気持ちが抑えきれず、
一緒に行ったもう一人の同僚に電話をかけました。

「実はね、今日観た宝塚すごくよかった!もう一度観たい。」

すると、電話の向こうから返ってきた言葉は、

「私も! すごくよかったって思ってたのに言えなかった。」

なんとも素直になれない私たち。

でも、その本音を口にした瞬間、胸の奥で何かが確かに決まりました。

翌日、勇気を出して連れて行ってくれた同僚に伝えました。
「とても良かった。もう一度、観たい!」

すると、彼女はとても喜びチケットを取ってくれました。

私の宝塚人生の始まり

そして再び劇場へ。
この二度目が決定打でした。

そこから先は、もう止まりません。

宝塚の魅力にどっぷりとハマり、生活の中心は宝塚。
稼いだお金もほとんど宝塚へ。

「人生にこんなにも夢中になれることがあるのか!」そう思うほどの熱量でした。

今ふうに言えば、私の宝塚「推し活」の始まりです。

この日から、数えきれないほどの舞台を観ました。
忘れられない名場面、思いがけないアクシデント、
とっさのアドリブ、目を見張るような生徒さんの成長。

そして、1階後方の席から始まった観劇人生が、
やがて最前列で舞台を見つめる日へとつながっていく。

そんな長い歳月の中で積み重なった宝塚の記憶を、これから少しずつ
「私の宝塚アーカイブス」として記録していきたいと思います。

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